ズタズタと言語は

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イベントとイスは

「ライフルはまだだぞ、拳銃は撃っていいぞ」と大声で伝えるが、誰も拳銃使用の許可が出たのは知らないと首を振る。内田、上原と指揮官が相次いで倒れ、伝令や無線手が無線機もろとも、撃たれた隊長につき添って後退したためと、乾電池の機能停止とで、指揮命令通信系統がズタズタに寸断されてしまっているのだ。山荘内に入っている副隊長も先刻の石川統轄の命令を聞いていないのかも知れない。

それに対して「問題」は、ある「問い」が言語によって明確化され、アプローチできる状態になったことを指します。なんだかわからないけどつらい、というような問いを、少なくとも自分の言葉で設定できる課題にまで構成し直すこと、つまり、具体的な問題として言語化することが大切です。わからないことは、わからないままで終わるかもしれない。それでも、「問題が何かがわからない」よりは、問題を明らかにした上で、それを「わからないこと」として受け入れるほうが納得しやすいでしょう。

住専処理に当たって、政府と与党三党は六八五○億円の公的資金投入の方針が固まった段階で確認書(九五年一二月一九日付け)を交わしている。その中で国民に負担と理解を求める前提として「迂回融資、紹介融資のうち銀行が不正に関与したものなど金融機関の本来の責任を回避したケース等あらゆる経営責任の追及を行う」と明記している。住専法が成立した段階でも、政府・与党声明(九六年六月一九日付け)で重ねて「住専に対する紹介融資にかかる損害賠償請求権については徹底的に追及する」と言明している。

しかし、新聞広告、そしてドギッイ電車の中吊(なかづ)り広告を目にする人の数は、恐らく百万の単位にのぼるだろう。その人たちが、知らず知らずのうちに、ジワジワと〃会社悪者論″を植え込まれながら、それを正すべき媒体のほうは皆無に近いのである。結局は、あの「確率が多ければうそでもほんとうになる」などといった不跨な(ふらち)命題が成立し、誤れる情報だけが一人歩きしてしまう。

たとえば、もし、比較的教育程度の高いマレーシアのイスラム教徒が、脱近代の技術を身につけるまでに飛躍し、中国系の人びとと協調して、非イスラム世界の経済にうまく適応することができたとしよう。そしてそれでもなおイスラム文化を失わないとすれば、次のよく耳にする疑問、「コーランの中には、そもそもイスラム教徒をどうしようもなく反科学的にし、進歩を遅らせるものがあるのではないか」という疑問への答えは自ずと出るかもしれない。

一流の男性ほど、目立たないお酒落をしていますご晶眉にしていただいている会社の社長さんの話です。どなたかを接待する場合に着るスーツはいつも濃紺の同じ型で「同じスーツやにやるか?いつも」と思ってよく観察してみると、地模様が毎回違います。高級な服地を使ったよい仕立てのスーツでした。「このスーツ、この前着たはったんと違うと思うけんど」と言うと、「わかる?」と言つしやれて喜ばれました。

お嬢さんとも時々顔を合わせたが、残念ながら彼女の態度は一向に素っ気なかった。担当でもないのに患者の部屋を訪ねるなんて、僕は自分のことを、しっぽを振っておねだりに行くワンちゃんみたいだな、と思った(ワンちゃんみたいにかわいくないけど)。まあ、いいさ。「何か楽しみを見つけなくては、働いている意味はない」というのが最近の僕のモットーだった。結局T夫人と話し込んでしまい、その後カルテ書きや、指示書の変更や、注射処方菱の発行などのデイリー・ワークを終えると、もうすっかり夜になっていた。


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